イガ・シフィオンテク(Iga Swiatek)の全仏初制覇を検証する
コロナウイルスのパンデミックによって、昨年までとは大きく異なる環境の中での実施となったツアー。
その中でも今年最後のGSである全仏オープンで18才のシフィオンテクが全試合ストレートで優勝したことは衝撃的なニュースだったように思います。
シフィオンテクは昨年から注目されてきた選手でしたが、今年中にGSを(しかも1セットも落とさず)勝つとは流石に思っていませんでした。
そこで、シフィオンテクの圧勝劇を検証し、 どのように変化したのか、また、今後の展望も考えてみたいと思います。
○圧巻だった全仏でのパフォーマンス
まず、今回の全仏オープンの主要スタッツを一部昨年のスタッツと比較したものを御覧ください。
昨年のWTAのデータと比べると、サーブ・リターンともにポイント獲得率が上昇している事がわかります。
まず注目したいのはサービススタッツです。
サービスの優位性が男子に比べて低い女子において、クレーコートという遅いサーフェスはサービスポイントの獲得率がなかなか上がってこない傾向があります。
その中で今大会のシフィオンテクの1stサーブポイント獲得率が67%、2ndサーブポイント獲得率が61%というのは特筆すべき点と考えます。
シフィオンテクのサービススピードの平均は1stが150km中盤、2ndが120km中盤と決して速い部類ではありません。
参考として去年(2019)の全米の大阪とガウフのサービススピードの値を再掲しておきます。
tennisandlespen.hatenablog.com
この二人と比較するのは酷かもしれませんが、今後のナンバーワン争いの相手という視点でみると、サービスの速度ではシフィオンテクが劣っていると言えます。
しかし、そのサービス速度に比して今回の全仏でのシフィオンテクは上記のような高いポイント獲得率を残しており、1試合あたりの非ブレーク数も1.7と驚異的な数字を残しています。
特にハレプ戦では一度のブレークも許さないで勝利しており、今大会を通じてサービスゲームの安定感が際立っていました。
では、シフィオンテクはどのようにしてサービスポイントを獲得していたのか、ポイント獲得内訳を見ながら考えてみたと思います。
○サーブの優位性を活かすプレースメント
上記は今大会のシフィオンテクのサービスゲームのポイント獲得内訳です。
サーブを1本目と考えて4本目までに獲得したポイントをShort、5〜8本目までのポイントをMedium、それ以上をLongと分類しています(この分類は全仏の公式HPに依っています)。
これを見ると、シフィオンテクはサービスゲームにおいて6割弱のポイントを1〜4本目までのショートポイントで獲得している事がわかります。
先に述べたようにシフィオンテクのサービススピードはそこまで速くなく、エースの数も多くはありません。
その中でショートポイントが多いということは、実行できる身体能力・技術を前提とした上で、サーブの選択からの3球目までのプレースメントが非常に優れているといえるでしょう。(※ここではプレースメントを制球・ショット選択を含めたものとして使用しています)
実際試合を見ていても、相手のリターンを予測した上でサーブからの3球目を多彩なショットでウィナーにするという場面が多く見られました。
それは1stサーブのみならず2ndサーブにおいてもコース・球種を操り、その後の展開の主導権を握っていたように思います。
もちろん、ストロークの力強さやアングルへのコントロールなどの能力の高さもあるのですが、場面に応じたショット選択の妙がシフィオンテクの強さの基本であると考えられます。
全試合を通じてのネットプレー成功率が79.3%と高水準であることも、プレースメントの良さを表しているといえるでしょう。
○劇的な伸びを見せたリターンスタッツ
プレースメントの良さという点では、サービスゲームのみならず、リターンゲームにおいても発揮されていたように思います。
以下はリターンゲームにおけるポイント獲得内訳です。
リターンゲームにおいて、相手のサービスで後手に回ってしまうと、どうしても長いラリーに持ち込まないとポイントが取れないという展開になりがちですが、今大会のシフィオンテクはリターンゲームにおける獲得ポイントの5割近くがショートポイントという驚きのデータが残っています。
これは相手のサーブに対して2本目のリターンからポイントに繋がる確率の高いショットが打てているということだと考えられます。
特に2ndリターンポイント獲得率68.3%と驚異的な数字を叩き出しているように、試合を見ていても相手の2ndサービスに対して攻撃的なリターンを成功させることで、少ないラリー数でポイントを奪うことに成功していました。
このような結果も、相手のサービスへの読みとショットのプレースメントを両立するからこそ残せたものと言えるでしょう。
○抜群の安定感
もう一度最初に載せた図を見てみましょう。
青いグラフの頂上付近にある黒線の棒は全7試合の分散を表しています
分散とはデータの散らばり具合を表す数値で、その幅が小さければ散らばりが小さいことを表します。
この分散を見ると、シフィオンテクは全数値において分散の値が小さいことがわかります。
つまり、今大会のシフィオンテクは対戦相手に依らずに良いスタッツを残し続けていたと言えます。(全試合ストレート勝ちなので当然といってはその通りですが)
この対戦相手の中には、リターン巧者のボンドロウソバ・ハレプ、変則的なプレースタイルのシェイ・スーウェイ、今大会粘り強いストロークで勝ち残っていたトレビザンなど、バラエティに富んだ選手たちがいましたが、にもかかわらずシフィオンテクは安定して非常にレベルの高いプレーをし続けていました。
相手に対して適切なプレースメントを安定して遂行することができた、これが今大会のシフィオンテクの強さだったとデータからも考えることができるでしょう。
スポーツ心理学の専門家をチームに入れていることがニュースにもなっていましたが、メンタルトレーニングの効果もプレーの安定性に結びついているのかもしれませんね。
○シフィオンテク時代は来るのか?
結論からいうと、ポテンシャルはあるが現環境で飛び抜けた1位となれるかは疑問符、と考えています。
上記のように、シフィオンテクは相手に対し適切なプレーを選択し、それを安定して遂行することで今大会を制したと考えられます。
しかし、組み立てでポイントを取る選手であるがゆえに、相手が早いタイミングで勝負に来るパワーのある選手相手だと攻勢に出る前に主導権を握られてしまうおそれが生じてしまいます。
今大会ではサーフェスや環境の影響もあり、全体的にスローな試合展開となりがちであったため、シフィオンテクは自らの組み立てを仕掛ける時間がありました。
しかし、多くのツアーで用いられるハードコートでは、サーブもしくはリターンの一球目から強力なショットを打てるプレーヤーが多く存在します。
そのようなプレーヤーはストロークでも劣勢の状態からウィナー級のショットを打ってくることも多いです。
そうなった場合に、フィジカル面で対抗していくことができるかが、今後のシフィオンテクの課題となると思います。
先の全米でのアザレンカ戦などは、組み立てで綺麗にポイントを取りながらも勝ちきれない試合の典型のように思います。
以上、少し辛めのことを言ってきましたが、シフィオンテクがNo1候補であることは疑っていません。
まだ若い彼女はフィジカル的にもまだまだ伸びしろがあるであろうし、多種多様なショットやプレー選択の上手さという、強力な武器も持っています。
非常に美しいポイントのとり方をする選手で、観戦していても楽しい選手なので、これからも多くの面白い試合を見せてくれることだろうと思います。
大坂、ケニンなどと一緒にツアーを盛り上げていってもらいたいですね。
最後にプレー集を。多彩なショットを操っていることがわかりますね。