オジェ アリアシムの決勝連敗を考える(2022/2/19追記 ※連敗脱出)
カナダの新星、フェリックス・オジェ アリアシム。
20歳という若さにしてATPツアーのトップ20に入りし、強力なサーブ・フォアハンドを武器に、既に何度もツアーの決勝に進出している期待の選手です。
そんな将来有望なオジェ アリアシムですが、彼の代名詞にもなりつつある不名誉な記録があります。
それはツアー決勝での連敗です。
2019年に初めて決勝に進出したリオ・オープンから今年の2021年のシュツットガルドまで、実に8回も決勝の舞台に立ちながら一度も勝利することができませんでした(2021/6/25現在)。
もっと言うならば1セットも取れていません。
ちなみにツアー未勝利状態での決勝での連敗記録はフランスのベネトーが記録した10連敗のようですが、この記録は足掛け7年かけて作られたものであることや、そもそもベネトーはセットはとっていることを考えると、
オジェ アリアシムの決勝での成績はかなり異様
と言っても良さそうです。
今回は、ここまでのオジェ アリアシムの決勝進出大会での成績などを振り返り、どうしてこのような結果になっているのかを考えてみたいと思います。
1. オジェ アリアシムはプレッシャーに弱いのか?
まず最初に、オジェ アリアシムが一般的にみてプレッシャーに弱く、そのために決勝で力を発揮できていないという可能性を考えてみます。
ATPのHPにある指標にUnder Pressure Rating(UPR)というものがあります。
これは一般的にプレッシャーのかかる場面のスタッツを加算することで、選手の勝負強さを数値化しようとするものです。
具体的には、
ブレークポイント獲得率+ブレークポイント阻止率+タイブレーク勝率+ファイナルセット勝率
で計算されます。
もともとの能力が高い選手はこのUPRの値も大きくなりやすいため、単純に数値の大きさを見るよりも、ランキングと比較して考える必要があると思います。
現在(2021/6/22)のオジェ アリアシムの順位はこちら
この時点での世界ランクが19位なので、
オジェ アリアシムは比較的プレッシャーのかかる場面でも実力を発揮できている
と考えることができそうです。
そこで次に、
決勝という特殊な環境下でのみ何らかの変化が起きている
という可能性を考えてみたいと思います。
2. オジェ アリアシムに決勝で何が起きているのか?
では、これまでオジェ アリアシムが決勝に進出した大会の各試合の主要スタッツをグラフで見ながら考えていきたいと思います。
まずは、最初の大会であるATPリオ(クレー)から。
縦軸が%
横軸は左から
DF/game:1ゲームあたりのダブルフォルト数
1stservein:1stサーブ成功率
1st point:1stサーブポイント獲得率
2nd point:2ndサーブポイント獲得率
1st return:相手の1stサーブに対するリターンポイント獲得率
2ns return:相手の2ndサーブに対するリターンポイント獲得率
各色は左から早いラウンドの対戦相手となっています。
赤色が決勝の対戦相手とそのスタッツとなります。
ここで目を引くのは一番左、つまり、1ゲームあたりのダブルフォルト数の決勝での増加です。
また、1stサーブの成功率、ポイント獲得率も決勝ではSFに比べて低下しています。
SFのP.クエバスと決勝のジェレの2019シーズンのクレーコートにおけるリターンスタッツは以下の通り
1stリターンポイント獲得率 2ndリターンポイント獲得率
クエバス 32% 52%
ジェレ 30% 50%
決勝の相手ジェレよりもSFのクエバスのほうが良いリターンスタッツを残しています。
にもかかわらず、オジェ アリアシムのサービススタッツが低下していることから、オジェ アリアシム側に原因があると思われます。
また、相手の2ndサーブに対するリターンポイント獲得率が低下しています。
2019のジェレはクレーコートで比較的高い2ndサーブポイント獲得率を残しているため(53%)、異常とまでは言えませんが、クエバスやガリンといったクレー巧者達を相手にした時と比べて10%以上低下しているのは少し不思議です。
こちらもオジェ アリアシムに要因がありそうです。
以上の
①サービスタッツ(主に1st)の低下(傾向①)
②相手の2ndサービスに対してのリターンポイント獲得率低下(傾向②)
はその後の決勝でも見られる傾向となっており、オジェ アリアシムの決勝連敗を理由付けているスタッツと思われます。
これらについての総合的な考察は後にまわして、次の大会を見ていきましょう。
2019二回目の決勝進出となったATPリヨン(クレー)。
こちらの大会でも、決勝におけるDF率の増加、1stサーブポイント獲得率の低下、相手の2ndサーブに対するリターンポイント獲得率の低下が見られます。
1stサーブに対するリターンポイント獲得率も低下しているのですが、この年2019年のペールはクレーことにおいて1stサーブ獲得率78%という驚異的な数値を残しているため、オジェ アリアシムの問題ではないと考えられます。
上記の①・②の傾向は依然としてみられる中でも、特に序盤のクレー2大会はDF率の急上昇が目立ちます。
この2大会は対戦相手から考えてもオジェ アリアシムに優勝の可能性が十分あったと考えられ、本人もそのような意識から力みにつながり、結果としてDFが増えたと考えられます。
2019年3回目の決勝進出となったシュツットガルド(グラス)。
データから見ると、この大会の決勝が最も良いプレーができているように思います。
前述の①、②のような傾向が見られず、大会を通じたプレーレベルが決勝でも維持できています。
ただ、この試合はベレッティーニの強力な1stサーブに苦しみました。
2019のべレッティーニのグラスコートでの1stサーブポイント獲得率は驚異の84%。
それまでの相手とは一味違うサーブの威力に最後まで対応できなかった形になります。
それでも2ndセットのタイブレークでは13-11までもつれており、8連敗中の決勝の中でも最も競った試合だったように思います。
このチャンスをものにできなかったアリアシムの連敗はまだまだ続いてしまいます。
2020最初の決勝はロッテルダム(ハード)。
2020年に入っても傾向①サービススタッツの低下の傾向が続きます。
この大会の決勝ではリターンは健闘したものの、1stサーブのイン率・ポイント獲得率が低迷し、ダブルフォルト数もSFに比べ増大してしまいました。
2020のハードコートにおけるモンフィスは決してリターンの悪い選手ではありませんが、ディミトロフ・カレーニョブスタに対した時に比べ、1stのイン率もポイント獲得率も10%近く下がるというのは、オジェ アリアシム側に要因があることを推測させます。
続くマルセイユ(ハード)。
この時点でのオジェ アリアシムとチチパスの対戦成績は2勝1敗。
1敗も2セット連続のタイブレークをチチパスが制したもので、この試合も接戦が予想されましたが、結果はチチパスが6-3、6-4で完勝。
この試合でも傾向①が見られます。
2020年のハードコートにおけるチチパスのリターンは決して良いとは言えず、1stサーブに対するリターンポイント獲得率は28%と決して良いとは言えないスタッツです。
しかし、オジェ アリアシムの1stサーブのスタッツはイン率・得点率共に大会最低を記録してしまいました。
これ以降チチパスはオジェ アリアシムに連勝しているの、対策を掴んだ可能性もありますが、ハードコートではこの後もフルセットの試合があるので、この試合はあっさり負け過ぎという感も強いです。
2020最後の決勝はケルン(インドアハード)。
対戦相手は地元のA.ズベレフ。
ズベレフはこの年にケルンで開かれた2大会どちらでも優勝するなど、このサーフェスとの相性が抜群でした。
特にリターンスタッツが優秀だったため、オジェ アリアシムのサービススタッツが低下してしまうのも致し方ない部分が多いです。
風や太陽の影響のないインドアコートではズベレフの1stは安定して強力なため、リターンに苦しむのも予想の範囲内と言えるでしょう。
ただ、決して2ndサーブが得意でないズベレフに対し、2ndサーブに対するリターンポイント獲得率が9%というのは少し低すぎます。
しかも、相手の1stサーブ時よりもポイントが取れていません。
傾向②の相手の2ndサービスへのリターンポイント獲得率低下が現れていると考えられます。
2021年の最初決勝はメルボルン(ハード)。
この試合では1stサーブのイン率は上がったものの、ポイント獲得率が大きく低下してしまいました(傾向①)。
エバンスの2021年の1stサーブに対するリターンポイント獲得率は28%とそこまで高いわけではなく、ダブルフォルト率も上昇していることから、オジェ アリアシムのサーブの精度に問題があったと考えられます。
また、2ndサーブに対するリターンポイント獲得率も16%と低迷してしまいました(傾向②)
この試合は自らの2ndサーブでのポイント獲得率も低下していることから、そもそもストローク戦でポイントが取れていないという可能性も高かったと思われます。
相手の1stサーブ時よりもポイントが取れていないのはケルンの決勝と同様で、強く傾向②が現れているといえます。
続いても2021年でシュツットガルド(芝)。
現時点で最後の決勝です(2021/6/25)
シュツットガルドは2019年にも決勝に進出している相性のいい大会と言えるでしょう。
今大会でもハリス、アンベール、芝のクエリーと強敵に勝利しての決勝進出です。
決勝の相手、チリッチはこれまでの3人に比べて1stサーブに対するリターンポイント獲得率が高い選手なので、1stサーブのスタッツが下がるのは仕方がないといえます。
ポイント獲得率67%は及第点といえそうで、傾向①は見られなかったと考えられます。
二年前の同大会でも決勝において良いサービススタッツを残せていたので、良いイメージを持って望めていたのかもしれません。
一方、チリッチの2ndサーブ時のポイント獲得率はそこまで高くないのですが、リターンポイント得点率はかなり低下してしまっています。
これは傾向②が現れているといっていいでしょう。
以上のように、各大会の決勝において多くの場合に傾向①②が見られていると言えるでしょう。
では、なぜ①②のような傾向が見られるのか、考察してみたいと思います。
○傾向①について
サービススタッツの中でも特に影響が見られるのはDF率の増加と1stサーブ関連のスタッツの低下です。
サービススタッツの中でもDFはプレッシャーのかかる場面としてポピュラーであり、決勝という特殊な舞台であることを考えると、DF率の増加は精神的な影響と結びつけやすいでしょう。
では、1stサーブのスタッツ低下はなぜ起きているのでしょうか。
一般的にATPのツアーレベルにおいて、1stサーブはサーバー側が圧倒的に有利な状況となります。
特にオジェ アリアシムは強力な1stサーブの使い手であり、ポイント獲得率もキャリア平均で約75%を誇ります。
ここからオジェ アリアシムにとって1stサーブは試合の中でも自分に有利な局面であると言えるでしょう。
この「自分に有利な局面」というのが後述の傾向②に共通するキーポイントであると考えます。
○傾向②について
リターンゲームにおいては相手の1stサービス時よりも2ndサービスの方がリターンが容易というのは周知の事実です。
特に男子のトップレベルになれば1stサーブの優位性は疑いようがありません。
ということはリターンゲームにおいては、2ndサービスの時がリターン側に有利な局面であるといえます。
○共通する「自分に有利な局面」という要素
傾向①②に共通する要素と考えられる「自分に有利な局面」。
前述のUPRにあらわれているように、オジェ アリアシムは一般的にプレッシャーに弱い選手ではないといえます。
しかし、決勝という状況に一定の状況が結びつくことで、オジェ アリアシムに特別な影響を与えていると言えるのではないでしょうか。
すなわち、
決勝 + 自分に有利な局面 → パフォーマンスの低下
というように表せるのではないでしょうか。
本人の心理面を推し量るのは難しいですが、優勝という目標がより身近に感じられることで普段とは異なる心理的圧迫を受けているのかもしれません。
3.まとめ
ここまで、オジェ アリアシムの決勝進出大会のスタッツを比較することで一定の状況下でオジェ アリアシムのパフォーマンスが低下する可能性を考えてみました。
「自分に有利な局面」が不利に働くとなると試合に勝利するのは厳しそうですし、原因が意図しない心理的なものであるとするならば、修正も一筋縄ではいかなそうです。
個人的にはまずは1セットとることで、どのような変化がおこるのかに興味があります。
リードすることで「有利な局面」と感じ失速してしまうのか、それともこれまでとは違うと考えを切り替えることで、決勝以前のパフォーマンスを発揮できるようになるのか。
いずれにしても、オジェ アリアシムという選手の地力は高いと感じていますし、これからも決勝に残る可能性の高い選手であると感じています。
最近ではコーチにトニ・ナダル氏を招聘したことも話題になっていますし、自らの壁を破り飛躍を遂げることを期待したいですね。
(これからも決勝の機会があれば随時補足していきたいと思います)
以上、観戦の助けになれば幸いです。
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ここから2022/2/19補足
ついにオジェ アリアシムが9回目の決勝のチャンスをものにして、ATPツアー初優勝を飾りました。
では、その優勝したロッテルダムのスタッツを振り返ってみましょう。
上記と同様に、赤が決勝のスタッツとなっています。
これを見ると決勝の相手がチチパスという強敵であるにもかかわらず、多くの項目で決勝のスタッツが良くなっていることがわかります。
特に1stサーブポイント獲得率や2snリターンポイント獲得率に関しても決勝以前の試合と同程度の高さを維持できていることから、これまでオジェ アリアシムの決勝に見られた上記傾向①②が見られなかったのは注目すべき点です。
おまけにDFに関しては0と驚異のパフォーマンス!
もともとDFが少ない選手ではないオジェ アリアシムなので、今回の決勝では通常よりも良いパフォーマンスを発揮したと言っても良いかもしれません。
以上の結果をみると、オジェ アリアシムは決勝におけるプレッシャーを克服したと考えて良いかもしれません。
決勝での連敗については本人もかなり気にしていたようですし、それについてトニ・ナダルコーチからの助言もあったと聞きます。
もともと潜在能力は素晴らしい選手ですし、ここに大事な場面でのメンタルコントロールが備わってくるとなると、かなり良いパフォーマンスを残しそうですね。
今後のオジェ アリアシムの活躍に期待しましょう!